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あえのこと

2019年11月12日
のとひかり自らも農事に携わる知人のFacebook投稿。
石川県のお米「のとひかり」を買われ、この写真と
「田の神様に実りの感謝を捧げることを"あえのこと"と書いてある 
何か美しい響きに感じますー☆」のコメント。
「あえのこと」。わたしもほんとに美しい響きと思います。
そして暮らしの原点としている言葉かもしれません。

わたしが「あえのこと」の言葉に出会ったのは学生時代。
民俗学研究会というサークルに入っていました。
そこで最初に参加した学習会で稲作に間する年中行事のひとつとして
先輩に教えてもらったのが「あえのこと」でした。
能登半島に伝わる収穫を感謝するお祭り「あえのこと」。
お米が実ったお礼に田の神様を家の最上位である床の間の前にお招きします。
着座されたら、その前に召し上がっていただくための膳を据えます。
田の神様は目の見えない方なので、あるじが振る舞いのひとつひとつを言葉にします。
「さあ、奥のこちらまでお入りください」
「こちらにお座りください」
「これらをどうぞお召し上がりください」
「こちらにありますのが新米で炊いたご飯でございます」
「こちらにありますのが、〇〇で採れた山の幸を**のようにしたものでございます」
「こちらのものは・・・・でございます】
お膳のひとつひとつを説明しては、箸で見えぬ田の神様のお口元に運ぶ所作を行います。
このように書いていて、今でもなんて美しい文化なんだろうと思います。
アエノコトとはどういう字かというと「饗の事」ではないかといいます。
田の神様と一同で収穫を喜び合う饗宴。
そして、いろんなものを「和える」。いろんな人が「和える」。
そんなひととき。
田の神様とはどなたか。
太陽であり、風であり、雨であり、土であり、水であり、木々であり、山であり、海であり。。
耕した人であり、植えた人であり、刈り取った人であり、給仕した人であり、運んだ人であり、調理した人であり、片づけた人であり、設営した人であり、そばで遊んでいた子どもたちであり、今は亡き人であり。。。
それぞれのハタラキを称えるために、見えぬ田の神様と一同に聞かせている。
そこのすべての森羅万象と集う一同を神と扱い、ねぎらう人。
あるじとは、そういう役割の人をいうのだとわかる。

粗食であれ、毎日毎日をそのような「あえのこと」で暮らしていこうと思う。